Queenの映画「ボヘミアンラプソディ」で着物や浴衣が登場!日本が好きで親日家って本当?

話題のクイーンの映画ボヘミアン・ラプソディ

完成度も高くクイーンメンバーの見た目から当時のライブの再現度までかなりの正確さ。

実際のライブエイドの映像と映画のライブを比較した検証動画がありましたがほぼそっくりです。

さて、クイーンの映画で、気になったワンシーン。

フレディが浴衣を着ていたり、自宅に着物のオブジェを飾っていたシーンです。

実は、フレディ・マーキュリーを含めブライアンメイやロジャー・テイラーも親日家。

クイーンのメンバーは、日本が好きなんです。

中でも、フレディは一番の日本好き(特に芸術関連)

クイーンが日本を好きになったきっかけ

当時クイーンのアルバムが

戦慄の王女(原題:QUEEN)
クイーン II(原題:QUEEN II)

とリリースされました。

クイーンがデビューしてイギリスではそこまで大きなヒットというわけではありませんでしたが、日本ではいち早く人気がでました

なぜクイーンは日本で人気が出たのか?

日本人の感性が豊かというのもあると思いますが、今まで、ELPやYes、ピンク・フロイドなどの長くてむさ苦しい音楽が流行ってたところに、クイーンの聞きやすくてかっこいいロックが出てきたわけです。

セクシャルなフレディー、貴族のようなブライアン・メイ、美男子で可愛いロジャー・テイラー、アフロなジョン・ディーコンw

彼らが花とゆめなどの少女漫画に出てくるようなヒラヒラがついた白鷺ルックを着ていたとあれば女性に人気がでないわけはありませんね

さらに当時、ミュージックライフがロック御三家として

  • クイーンは王子様
  • エアロは不良
  • キッスはわけわかんない魔法使い

と取り上げたのもあり、こういった雑誌も起爆剤になったと思います。

その後、日本に武道館ライブで来日するわけですが、イギリスやアメリカにはない日本ファンの熱狂ぶり。ビートルズ以来の熱狂だったとも言われています。

当時、フレディは、「日本人は、あまり感情を表に出さない人々だから、ライヴでも盛り上がらないかもしれない。でも、心の中ではよく思っているから、心配しないで」と言われたそうですが、実際にライヴが始まると、熱狂的なファンによって、演奏も聞こえないほどの歓声が上がって驚いたそうです。バリケードを破ってファンがステージに侵入するのを防ぐため、フレディが演奏を中断して落ち着くように言わなければならないほどでした。気絶者も出たそうです。クイーンの人気が出たのは日本が最初だって本当ですか?エピソード… – Yahoo!知恵袋

クイーンのメンバーは、この熱烈な歓迎ぶりに感激して親日家になりました。

この後、1977年に日本国内限定でシングル「Teo Torriatte (Let Us Cling Together」という日本語の歌詞がある曲もだしています。Rが重なっているのはフレディの要望らしいです。

フレディは、日本語の響きが好きだったようなのでこだわりがあったのかもしれませんね。

2011年にブライアン・メイとロジャー・テイラーも

  • 「1974年の初めての日本ツアーはクイーンにとって重要な一歩となった」
  • 「僕らは、まだ若く、成功の途中だった。だからあの日本ツアーの成功には本当に驚いた」

と言っているので、興行的にも大事な足がかりになったと思います。

フレディの日本好きエピソード

フレディは、日本の着物や浴衣だけでなく、骨董品なども集めていて、日本にきた際にはタクシー数台分の買い物をしていったそうですw

日本人の芸術家「高原竜太郎」さんがフレディの自宅に日本庭園を作ったのもうなづけますね~

映画でもでてきた、フレディの最後の恋人「ジムハットン」ともお忍びで日本に着ていて、新宿の歌舞伎町にある九州男というゲイバーがいきつけだったとか。

風呂に入るには体を洗ってからとか布団の寝方など色々レクチャーしていたそうです。

本田美奈子さんとブライアン・メイの親交

白血病でなくなってしまった歌手でミュージカルでも活躍していた本田美奈子さん。1985年に武道館ライブのオープニングでフレディのI Was Born To Love Youを歌って、それを東芝EMIがブライアンメイに送った所、ブライアン・メイ本人からプロデュースしたいとオファーがあって2曲作ってもらいました。

GOLDEN DAYS(作詞・作曲・編曲:ブライアン・メイ)
CRAZY NIGHTS(作詞・作曲・編曲:ブライアン・メイ)
※日本版の歌詞は秋元康